後藤洋の吹奏楽の部屋

後藤洋の吹奏楽の部屋

コラム 後藤洋氏プロフィール
第8回:注目!ハンガリーの吹奏楽作品
 今年(2014年)の夏、ハンガリー東部の都市デブレツェンDebrecenにおいて開催された、世界シンフォニック・バンド&アンサンブル協会 (WASBE)の東ヨーロッパ・カンファレンスに参加してきました。
 このカンファレンスにはヨーロッパ各地から多くの吹奏楽の研究家や指揮者が参加し、レパートリーや各国の吹奏楽活動の実情などについて研究発表や質疑が行われたほか、毎晩開催されたコンサートにはさまざまな国のバンドが出演し、それぞれの国のレパートリーを披露しました。出演した団体はやはり地元ハンガリーのグループが多く(中学校バンドからミリタリー・バンドまで7団体)、結果的にハンガリーの吹奏楽作品を多数聴くことになり、また研究発表では、地元の出版社「ハンガリー音楽出版」Editio Musica Budapest の新譜を紹介するプレゼンテーションも行われました。今回はその出版社の最新カタログから、日本のバンドにおすすめのハンガリーの吹奏楽作品4曲をご紹介しましょう。
 ハンガリーの吹奏楽の編成は日本やアメリカとほぼ同じ。トランペットとコルネットが別々に使われていることと、ユーフォニアムのほかにB♭のバリトンが加えられていることが主な特徴ですが、曲によってはコルネットがなくトランペットのみだったり、ユーフォニアムかバリトンのどちらかだったり(この場合は、バリトンにCとB♭の両方の楽譜が用意されています)と、使用する楽器が厳密に統一されているわけではありません。フリューゲルホーンが編成に入っている場合もあります。サクソフォーン・セクションは多くの場合アルト、テナー、バリトンが1パートずつ。打楽器の使い方は概ね控えめです。音楽的には民俗的な素材によるものが多く、バルトークやコダーイ、それにロシア近代の音楽に近いと考えていただいてよいでしょう。3曲ないし4曲からなる組曲のスタイルが多いのも特徴です。

 なお、ハンガリーの人名は本来日本と同様に姓が先、名が後に表記されますが、ここでは「バルトーク・ベーラ」を「ベーラ・バルトーク」とする日本の慣習に従って名~姓の順で表記することにします。

 バラージュ(1937- )はリスト音楽院でファルカシュに学び、その後ハチャトゥリヤンとイタリアの作曲家ペトラッシにも師事しています。劇場作品から映画・TVの音楽まで、幅広い分野に多くの作品があり、吹奏楽のための作品も少なくありません。1990年に創設されたハンガリー管楽協会の初代会長となり、98年からその終生会長。直接の師だけでなくコダーイの音楽から多くを学んだ結果、その作品にはハンガリーの伝統音楽の影響が強く反映しています。
 曲のタイトルにある「ゴモル」はハンガリー王国時代の行政区域の名で、11世紀頃からすでに記録に登場している古い地域。現在のハンガリー北部からスロヴァキア南部に相当します。この作品は18世紀頃に王宮で演奏されていたとされる舞曲(その一部はもはや断片しか残っていないようですが)を素材にした、3つの楽章からなる組曲で、「ゴモル」の名はここでは王宮の代名詞として使われています。
 旋律は古いものの、音楽構成は古い舞曲の形式に従ってはおらず、きわめて自由。宮廷舞曲をもとにしているだけに、全体にかわいらしく優美な雰囲気が支配的です。第1曲はフルートとクラリネットのソロ同士の対話で始まる、優しく、そしてどこか寂しげな音楽。そして重々しい行進曲風の第2曲に続き、第3曲は軽快な舞曲となって、終わり近くに第1曲の旋律が回想するように再現します。吹奏楽のプログラムはパワフルで勢いのある曲ばかりになりやすいので、このようなタイプの作品をレパートリーに加えておくとコンサートの内容が豊かになりますね。
 各楽器の音色が鮮明に生きるよう、あまり音は厚く重ねられていません。編成はほぼ標準的ですが、25人程度から支障なく演奏できます。コルネットとトランペットはほとんど重なっているため、コルネットのパートだけを演奏しても大きな問題はないでしょう。打楽器はティンパニ、小太鼓、大太鼓のみ。

 ボガール(1937-2006)は多才な人で、作曲家としてのみならず、指揮者、オーケストラの事務局長、教育者、楽譜出版社の編集者としても活躍しました。作曲家としては特に管楽器の扱いに長け、管楽器のための協奏曲、室内楽曲、吹奏楽曲を多数発表しています。
 この《組曲》は作曲者の死後しばらく埋もれていましたが、ラーシュロ・ゼンプレーニの校訂により、2013年に出版された作品。4つの楽章から構成され、子どもたちの遊びがテーマです。ビゼーに《子どもの遊び》というオーケストラのためのかわいらしい組曲がありますが、その吹奏楽版と言ってよいでしょう。

 1. 小行進曲:A~B~A形式の素朴で力強いマーチ。男の子たちが紙の兜をかぶり、木の剣を持って、騎士ごっこに興じているイメージのようです。バス声部が型通りの刻みではなく、旋律的に動き回ること、単純な和声進行の中に半音階的な動きが挿入されて、意表をついた効果がもたらされていることが特徴。
 2. ハミング:第1曲とは対照的な、穏やかな音楽。女の子たちがハミングをしながら花を摘んでいる情景を描いています。ユーフォニアムとテューバの二重奏で始まり、その後もきわめて薄いオーケストレーションで木管と金管の音色が、また高音楽器と低音楽器の響きが対比されます。
 3. 愉快なゲーム:わずか1分ほどの短い曲ですが、テンポが頻繁に変わります。様子を伺いながらそろそろと歩くような、不安げな旋律が繰り返され、その合間に、突然鋭いリズムの打ち込みや小走りのようなパッセージが挿入されて、どきりとさせられる、という仕掛け。お化け屋敷の探検のイメージでしょうか。テンポと曲想の突然の変化をうまく表現するには練習を重ねる必要がありますが、とても印象的な、面白い曲です。
 4. 鬼ごっこ:A~B~A~C~Aのロンド形式。16分音符の動きが楽器間で受け渡され、模倣され、時には重ねられる、というアイディアは、まさに「鬼ごっこ」を連想させます。細かい動きはすべて音階なので技術的にはそれほど厄介ではありません。時おり現われる不規則な小節数によるフレーズ構成と、Cの部分の、追いかけられているかのような和声の反復進行の効果が見事。

 グレード3にしてはやや難しいものの、音楽的な内容が豊かで、大人から子どもまで聴いて楽しめるコンサート・ピースです。コンクール自由曲にもおすすめ。クラリネット、ホルン、トロンボーンは2パートずつですが、2パートのコルネットと3パートのトランペットが編成に含まれています(第3トランペットは省略してもほとんど問題ないでしょう)。バリトンとユーフォニアムが別々に使われている点も気になるところですが、この曲の場合はバリトンのパートを優先したほうがよいでしょう。打楽器はティンパニ、小太鼓、大太鼓、トライアングル、シンバルが要求されています。30人程度から演奏可能。

 ヒダーシュ(1928-2007)は20世紀のハンガリーを代表する作曲家のひとりであり、とりわけ管楽器を用いた作品-協奏曲、室内楽曲、吹奏楽曲-の分野では傑出した業績を上げています。ドイツで出版されたばかりのヒダーシュの評伝に含まれる作品リストには、吹奏楽作品36曲と、ソロと吹奏楽(または管楽アンサンブル)のための協奏曲17曲が紹介されていますが、それらのいずれかの作品は、今日のハンガリーのバンドのプログラムには必ず入っていると言ってよいでしょう。「最後のロマン派」と称されるほどその作風は抒情的ですが、他のハンガリーの多くの作曲家と同様、民俗音楽にも多大な関心を示しています。
 この《民謡組曲 第1番》は1982年に金管五重奏のために作曲された作品。88年にこの吹奏楽版が作られました。金管五重奏版のタイトルは《ベケーシュ地方の民謡による組曲》。ベケーシュはハンガリー南東部の地域で、作品にはこの地方の9つの民謡が素材として使われています。
 「組曲」ではあるものの、複数の楽章に分かれているわけではなく、9つの民謡は切れ目なしに続けられます。それぞれの曲は固有のキャラクターを持ち、テンポや調性も曲によって変わるので、この曲は自由に組立てられた一種のラプソディと言ってよいかもしれません。このようなタイプの作品はとりとめのない印象になりやすいのですが、音楽構成は非常に緊密。テンポや調性だけでなく、グレインジャーの《リンカーンシャーの花束》を連想させる複調の技法、特定の音色(特にサクソフォーン四重奏)に焦点を当てるオーケストレーションのアイディア、変拍子の絶妙な効果、多彩な和声など、作曲の豊富な技巧が披瀝され、バルトークに近いスタイルを持ちながらも、音楽的な語り口はより多様で柔軟です。
 グレードは4となっていますが、技術的にも音楽的にも実際は5に近く、レベルの高いバンドがコンクールで演奏してもおかしくない内容です。編成はやや大きく、オーボエとバスーンは2パートずつ。やはりコルネットとトランペットが分けられています。打楽器はティンパニを含めて4人。バンド全体で40人いれば演奏に支障はないと思われますが、工夫すれば30~35人でも大丈夫でしょう。

 《ベケーシュ地方の民謡による組曲》を作曲した1982年、ヒダーシュはやはり金管五重奏のために民謡を素材とした作品を書いています。《バラトンの民謡による組曲》がそれで、この曲は1986年に吹奏楽版が作られ、ここに紹介する《民謡組曲 第2番》となりました。バラトンはハンガリー西部の地域で、中央ヨーロッパ最大の湖、バラトン湖があることで有名です。
 この組曲で使われている民謡は5つ。構成の基本的なコンセプトは《第1番》と同じながら、リズムよりも旋律が前面に出ている印象で、和声もどちらかと言えば穏和です。《第1番》に比べると土臭さが消え、よりも親しみやすい性格になっていると言えるでしょう。こちらは様式的にコダーイに近いかもしれませんね。木管が活躍する場面が多いことに加え、シロフォン目立った使われ方をしていること、トロンボーンによるレチタティーヴォ風のソロがあることがオーケストレーション上の特徴です。
 編成は《第1番》とほぼ同じ。打楽器はティンパニを含めて3人で演奏できます。こちらも実際のグレードはほぼ5です。

コラム「世界シンフォニック・バンド&アンサンブル協会」

 世界シンフォニック・バンド&アンサンブル協会World Association for Symphonic Bands and Ensembles(通称WASBE)は、「吹奏楽指揮者、作曲家、演奏家、出版社、教育者、楽器メーカー、および吹奏楽に関わる人々のための、世界唯一の非営利組織」であり、その第一の目的は「シンフォニック・バンドとウインド・アンサンブルの地位を、音楽表現と文化のための重要かつ特別な形態として高めていくこと」(以上はWASBEのウェブページから)。

 現在世界各地に数百人の会員がおり、事務局はドイツにあります。国際カンファレンス、いわば「世界大会」は2年に一度開催され、そこでは研究発表やワークショップ、世界中から集まったバンドやアンサンブルのコンサートが行われ、その合間の年には「地域カンファレンス」が開催されています。

 次回の国際カンファレンスは、2015年7月にカリフォルニア州サンノゼで、地域カンファレンスは2016年7月にプラハで開催される予定です。

後藤洋プロフィール




 山形大学教育学部特別教科(音楽)教員養成課程卒業。東京音楽大学研究科(作曲)、ノース・テキサス大学大学院修士課程(作曲および音楽教育)をそれぞれ修了。日本とアメリカの両国において、吹奏楽と音楽教育の分野を中心に作曲・編曲家として活躍。海外で出版される吹奏楽作品の紹介、また音楽教育としての吹奏楽の研究においても、日本における第一人者。自身が監修・編曲した『合奏の種』『合奏の芽』(ブレーン株式会社)は、音楽表現の基礎を楽しく学ぶ新しいアイディアの教則曲集として大きな反響を呼んだ。
 2011年、ウインドアンサンブルのための《ソングズ》により、ABA(アメリカ吹奏楽指導者協会)スーザ/オストワルド賞を受賞。また「ミッドウェスト・クリニック」(2006年および2010年、シカゴ)、世界シンフォニック・バンド&アンサンブル協会(WASBE)世界大会(2009年、シンシナティ)等、多くの国際的な講習会で講師を務め、いずれも高い評価を得ている。
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